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2013/12/3

「気づきの時」展

 山西 昇平(絵)

「気づきの時」展が終わった。300人ぐらいは見に来てくれた。

この子達は、まず来ると、トイレに入る子が多い。そして、苦手な場面が来るとトイレに入ったまま出てこない。出て来たら、きれいに石けんを付けて手を洗う。基君は、ギャラリーに石けんを1本持ち込んでいた。この子のこの絵は、それを表現している。この子はまだ中2だ。

映画「1/4の奇跡」の上映は無事終了。関係者も含めると75人くらいはいたんじゃないかな?途中で入って来る人もいて、もう立ち見も出るほどだった。基君のお父さんのお話会もやった。お父さん、毎日家で練習していたらしい。最初はかなり緊張していた。途中、声がうわずり、「泣く?」という場面もあった。すると脇の方で見ていた基君が急に立ち上がった。お父さんを心配してのこと。その姿がいたいけで・・・・お母さんが隣で泣きながら基くんのTシャツを引っ張る。お父さんはそれから持ち直し、スラスラとお話を再開。質疑になると、急に能弁になった。

僕も今回は、沢山の出会いと気づきがあった。この日の〆は、僕の御礼のスピーチで終わった。

しかし、今回のことで、このピュアな才能を金儲けや、売名行為に使う人も出て来る。新聞に載って、真っ先に問い合わせが入る。横柄な物言い。ギャラリーに現れて「さっきの人だ!」ってすぐわかる。ずらっと見て、「新聞に載ってたあの作品が欲しいんだけど」「売らないので・・・」そして、名刺が出る。「実は、障害者の慈善事業もしているんだがね」名刺の裏には、この町の何何協会、何何団体の理事の肩書きが並ぶ。この人達にこの素晴らしいピュアな人達に関わってもらいたくないと思った。名刺はそのまま捨てた。

あと、これをビジネスにしようとする人もやめた方がいい。今回、養護学校や作業所などの人達が僕たちのこの会を遠巻きに訝しげに見ていると感じた。そういう人達で心ある人は、この会に来て「私たちの出来ないことをよくやってくれた」と言う。しかしそうでない人は「素人が何をやるの?障害者は大変なのよ?」という批判めいたことを言う人もいた。

今日、参加者のご両親が挨拶に来られて、「本当にお世話になりました。ありがとうございます」と三つ指をつかれた。「今まで行政や養護関係では出来ない、一人のアーティストとしての展覧会をやっていただけたことに感謝します」涙があふれた。本当に僕達がやってきたことの意味がこの家族の人達に届いていたことに、そして、この僕が毎日気づきに感謝させていただいていたことに、僕が三つ指をつきたい気持ちで一杯だった。

この会で沢山の自閉症やダウン症、そして統合失調症になった子が母親に連れてこられ、その人達から、「うちの子も絵が大好きなんです、どうすればいいんでしょうか?」と聞かれた。「次はどこでやられるんですか」「どうすればいいんでしょう?」・・・・その想いは、胸を突き刺した。

父親も付いてくる子もいるのだが、父親は何も出来ないでいる。ただ腕を組んで立っているだけ。いつも母親任せ。しかし、家族を支えるために仕事に出なければならないだろう。この構造は日本中どこでもあるだろう。しかし、悲しすぎる。

この会の中、中学生の男の子を連れたお父さんが二人で来てくれた。自閉だと言う。「新聞で見ました。この子は絵が好きで連れてきました」無精髭をはやし、大きな子供の手を必死に繋ぎ、その姿が僕の胸を打った。芳名録に一生懸命に名前を書く大きな子供。その字も僕の胸を打つ。佐藤の藤の字は離ればなれだ、その字を2回も書く。僕はこれまで言ったことのない言葉を出している自分にビックリした。

「僕に出来ることがありましたら、いつでも電話をしてください!」

 




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