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2012/7/10

故郷

仕事で浜松に行き、夕方はお袋の店に寄った。次の日は安城のお客さんの所に寄ろうと思っていたので、安城のホテルに泊まった。

実は、この町は自分の生まれた町なのだ。日本のデンマーク。1歳までいたという。前の日にお袋から聞いた昔の住所をたよりに、捜してみたが、区画整理でもう町名もなかった。町はビルや、橋、道路、何もかも変わっていた。最後にこの親父の建てた家に来たのはいつ頃だろう?僕達がこの町を出て、親父の弟家族が住み、夏休みに兄と二人で預けられた。

子供心に居心地の悪さを感じながら、夏休みを過ごしたことを憶えている。しかし、その町は、何もかも変わり、家ももうないだろう。親父の親戚とは、だんだんと疎遠になっていった。商店街の角を曲がって路地を入って、その先を進むと田んぼが一面に広がって、家の近くを小さな川が流れ、丸太の橋がかかっていた。僕の住んでる町では、採れない大きなクマゼミもいっぱいいた。庭の片隅にお地蔵さんが祀ってあり、遊んでいる時にその頭を落としたことがある。そっと置いたが、少し欠けたのを憶えている。罰が当たると思い、そのお地蔵さんの所には行かないようにした。

夏休み。いつも何日ぐらい預けられていたのだろう?親父が迎えに来ると、早く帰りたいと思ったのは、何故だったのだろう。それから、何十年も経って、この町に立ち、空気を吸えるだけで、何か、やさしい風に吹かれているような気持ちになるのは、何故だろう。これが、ふるさとってものなんだろうか?僕の中にある、何かがそう思わせているのだろう。

そんなことを考えていると、僕は福島の人のことを思う。福島の人は、ふるさとをなくしてしまった。もう、その生まれた地に立って、空気すら吸えない人もいる。僕達は、本当にこれでいいのだろうか?

 

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